随分と日数が経ってしまいましたが、最後の2週間で回った緩和ケア科の実習を振り返ります。
実習先は大学病院ではなく、近くにある大きな大きな地域病院。端から端まで歩くのに10分以上。1週目はディレクターに、2週目はドイツ人のアテンディングに付いてマンツーマン指導を受けました。ディレクターは、もともと大学病院でALSを専門にしてこられた内科教授(呼吸器内科)で、Best teacher of the year に何度も選ばれた先生。周囲のすべての医療スタッフ、及びすべての担当患者さんから、例外なく愛されている先生でした。ディレクターもドイツ人の先生も、コミュニケーションの取り方や周囲のスタッフに対する気遣いをはじめ、見習いたいスキルに満ち溢れていて、2週間しか実習できないのが惜しい気持ちになりました。
緩和ケアチームはがんに限らず、重い病気に罹ったあらゆる患者さんの “Suffering” と “Needs”を理解し、身体的・心理社会的、及びスピリチュアルな観点において、患者さんがより “Comfortable” に過ごせるように尽力する医療チーム。その中で、身体的側面(主に疼痛管理)に対しては緩和ケア医、社会的側面ではソーシャルワーカー、心理的・スピリチュアルな側面ではチャプレンが、それぞれ主導的に専門性を発揮されていました。
2週間でチームが担当したのは、がん患者さんが15名、がんでない患者さんが19名。後者の方が多いのは意外でした(ESLD (End-stage liver disease), CKD, Stroke, Trauma など)。また、ALS の専門外来でも、全患者さんに緩和ケア医(バックグラウンドは呼吸器内科 or 神経内科)がタッチしていました。
今回のクリクラで緩和ケア科を選択したのは、① コミュニケーションスキル、② 米国のチーム医療、を学びたかったため。自分自身の英語能力が不十分なことと、指導医のコミュニケーションの取り方から学ぶべき内容があまりにも多いこともあって、「自ら練習して学ぶ」実習ではなく、「見て学んだことをフィードバックしてディスカッションする」実習スタイルとなりましたが、自分が学びたいことをストレートに学ぶことができた、有意義な2週間でした。同時に、最も多く英語コミュニケーションに暴露するローテーションとなりました。
患者さんとのコミュニケーション
OncoTalk という、(がん)患者さんとのコミュニケーションのポイントがまとめられた教育サイトを紹介していただきました。実際の臨床現場でも、ここに書かれてある原則が実践されていました。
その中でも、"Ask-Tell-Ask" というスキルには特に重きが置かれていました。
Ask: 患者さんがどのような情報を必要としているかをしっかり探る
・一方的に病状を説明するのではなく、まずは患者さん自身に自らの病状について認識していることを説明してもらう、というところから始めていた。
・現時点で患者さんが必要としていること(e.g. 痛みをなくしたい)や目標(e.g. 歩き回れるようにしたい)を伺う。症状の重い末期の患者さんであってもその話し合いを通じて希望が湧き、笑顔を取り戻せることが多々ある。
・患者さんの価値観を探り、それを徹底的に尊重する姿勢が貫かれていた 。たとえば「自分は心臓が強い。定期的にトレーニングしているから、歩けない今の状況もなんとかなる。(前立腺癌の)治療は望まない」と言い張る患者さんに対して、まずは「心臓は強い」という価値観をとことん尊重する。その上で、歩けないのが、痛みによるものか、筋力低下によるものか確認しつつ、「歩けるようになることが、いま最も希望されていることなのですね?」と伺って、患者さんの希望を明確にする。それにより、真に話し合うべき本題が導き出される。
「①心臓が強い患者さんの場合に、②"歩けるようにしたい" という希望を実現するために、③どのような治療が具体的に必要か?」
この本題であれば、患者さんも納得して話し合いに応じることができる。単に「前立腺癌なので治療しないといけません」と言って、治療法を一方的に説明しようとしても、良い話し合いには繋がらない。
Tell: シンプルなわかりやすい言葉で情報を惜しみなく伝える
・中学生でも十分に理解できる言葉・表現を心がける。外科レジデントが分かりやすい言葉で丁寧に、必要な情報を患者さんが納得いくまで根気強く説明していたことに対して、緩和ケアのディレクターが惜しみなく賞賛されていた。
・予後について情報を求められた時には、生命予後のことなのか、ベッドで痛みなく食事や会話ができる予後のことなのか、それともスピリチュルな予後なのかをしっかり明確にした上で答える。
・悪い知らせを伝えるときは、一呼吸を置いて、まっすぐな言葉で、自信に満ちたトーンで、最善のアイコンタクトを心がけて伝える。
Ask: その上でさらに、患者さんの疑問や、必要とするものを真摯に尋ねる
・"Any questions at this point ?", " Anything that I'm missing ?" という言葉が本当に効果的に使用されていた。
・退院後の意向とサポートについても必ず話し合っていた。(全人的サポート)
通訳者との連携に関しても多くのことを学びました。
<通訳者を交える際に大事なこと>
・通訳者ではなく患者さんの目を見て話す
・一度に一つの事項だけ話す
・テンポが大事
・通訳者は(その患者さんと色々なスタッフとの通訳を担っているから)誰よりも病歴をよく把握していることが多い。ベッドサイドに行く前に通訳者にしっかりお話を伺っておくことも大事
ディレクターが通訳者を介して患者さんと話し合った末に、以下のようなやり取りが見られたシーンが4日間で2度もあり、驚くばかりでした。
患者さん:「とてもわかりやすい説明で、今後のことがとてもクリアになった。あなたのような great doctor に診てもらうことができて幸運です。」
ディレクター:「あなたのような素晴らしい紳士を診ることができて私も非常に光栄です。そして、うまく話し合いが進められたのはひとえに通訳さんのおかげです。いつも素晴らしい通訳者と仕事ができて光栄です。」
通訳さん:「このような素晴らしいディレクターとともに働くことができて光栄に思います。いつもディレクターからは学ぶことばかりです。」
カンファレンス
毎朝のミーティングに加え、必要に応じてケアカンファレンスが開かれ、患者さんやご家族がそこに交わることもしばしばでした。テレフォンスピーカーを囲んで、遠方にいらっしゃるご家族やプライマリケア医と電話回線を利用してミーティングが行われるときもあれば、ICUの病室に全担当スタッフが椅子を持って集まり、患者さんを囲むような形で長時間の話し合いが行われたこともありました。カンファレンスに集まる専門スタッフは本当に多種多様で、緩和ケア医、神経内科医、集中治療医、外科レジデントなどのほか、Physician assistant(医師の指示のもとに、医師とほぼ同等の臨床業務を行う)、看護師、ケアコーディネーター(カンファレンスの運営等を行う看護師(看護師に限らない?))、Nurse practitioner(診療行為のできる看護師)、社会福祉士、チャプレン、呼吸療法士、言語聴覚士、理学療法士、倫理コンサルタント...など。ありとあらゆる分野のプロフェッショナルが集まって、真剣にディスカッションが行われました。また、カンファレンスの後に部屋に居残ってちゃっかり参加させてもらった LUCAS2(自動胸骨圧迫マシーン)のハンズオンセミナーの際には、"Educator" という、シュミレーターの配置、管理、メンテナンスを行う専門職員がセミナーの運営に当たっていました。
缶のコーラ
ICU の病室にスタッフ一同が椅子を持って集まりミーティングが行われることになった患者さんは、今回の実習で最もお世話になった方でした。そのミーティングは「重篤な合併症のリスクが高いために積極的治療を中止してホスピスケアに移行する」という決断についての話し合いでした。そんな辛い状況から患者さんが立ち直り、周囲の医療スタッフの支えもあって笑顔を取り戻していくまでの期間中、その患者さんとは毎日お会いしてお話をさせていただきました。ミーティングが行われた時点で「余命は最短で48-72時間」と宣告され、「せめてコーラが飲みたい」とおっしゃっていた患者さんのために、ディレクターと一緒に缶のコーラを院内で必死に探し回ってゲットし、差し入れして喜んでもらえたのは、忘れられない思い出です。その後、患者さんの全身状態自体は順調に良くなり、いよいよ退院日を迎えました(在宅でのホスピスに移行)。僕にとってもちょうどその日が実習の最終日。お会いするたびに患者さんに笑顔が増していった日々は、自分自身にとっても幸せな時間でした。感謝の意を伝え、別れ際に「日本に帰っても、一緒に過ごした日々をずっと忘れません」とお伝えしようとすると、その前に患者さんが温かい言葉をくださいました。
"Remember me."
間もなく訪れる "船出" への覚悟を決めた患者さんが、これからの医療を担う僕に対する期待と激励の意を込めて贈ってくださった特別な言葉だと思います。
患者さんの思いを背負って自分がこれからの長いキャリアを歩んでいくんだということを初めて明確に自覚した瞬間となりました。
各職種の下での見学
個人的にお願いし、ソーシャルワーカーとチャプレンにそれぞれ付いて見学させてもらう機会を得ました。チャプレンはスピリチュアルケアの専門職。僕が付かせていただいたチャプレンは MICU (Medical ICU) 担当。スピリチュアルケアを必要とされる入院患者さんのところへの日々の訪問と、新患の患者さんとご家族への対応を主に行っていました。入室前からチャプレンは常に笑顔をキープしていて、(仕事柄)患者さんやご家族が寝ている場合は起こさないように心がけていました。チャプレンはクリスチャンでしたが、Religious/Non-religious、Christian/Non-Christian にかかわらず、患者さんのありのままを全て受け入れるようなお話の聞き方、姿勢を貫き、心身の苦しみや、患者さんが必要とされているもの/ことを丁寧に伺っていました。長い時には、1時間近くずっと親身に患者さんのお話を聞き続けたケースもあり、その時にはどれだけ患者さんが心の苦しみを抱え、その感情を表出できずに苦しんでおられたかを痛いほど認識しました。
チャプレンには月一回の週末シフトがあり(この日にも少し見学させてもらいました)、その時は担当患者さんが40人近くいて、多忙をきわめていました。外傷の患者さんや、手術が不安な患者さんのところへ訪問し、小児科病棟やERも回りました。ERでは、Epic(電子カルテ)の講習でご一緒したアラバマから実習に来ている医学生がバリバリにオーラルプレゼンテーションをこなしていて(まだ医学生なのに、土曜なのに)、非常に印象的でした。
病室への訪問時にチャプレンがお祈りをするかどうかは患者さんの意向や状況次第で、お祈りの内容は患者さんの背景に合わせてカスタマイズしているとのことでした。手術前に不安を抱えられた厳格なクリスチャンの患者さんのところへ伺った際には、お見舞いに来られた方を含め、部屋にいる全員が手をつないで輪になり、やや長めのお祈りをしました。チャプレンはそのあと、患者さんの意向に従って神父を紹介しました。
音楽を流してほしいか希望を伺って、必要とされる患者さんの元にスピーカーを設置して音楽療法を提供する役割もチャプレンが担っていました。ソマリア人(ミネソタ州に多い)の患者さんには、Muslim Explore というストリーミングサイトを利用してコーランを流し、患者さんやご家族から心から感謝されていました。その上でチャプレンは、”All of you(お見舞いに来られていたご家族全員) already made her(患者さん) comfortable. So now I want to make you more comfortable too. What can I do for you ?" と、さらにご家族が必要とされているものがないか、伺っていました。
チャプレンは患者さんのベッドサイドに行く前、カルテを確認するだけでなく、看護師さんに必ず状況を聞くことを徹底して心がけていました。「患者さんやご家族の心理状態はどうか?」、「身体的にコミュニケーションをどの程度とれる状態にあるか?」、といったことを聞いていました。米国での2か月間で学んだことの中で、日本に帰って一番実践したいと感じたのがこの姿勢。患者さんを診る前に、看護師さんやその他の担当スタッフからしっかりお話を聞くこと。小児呼吸器科のディレクターも真剣な眼差しでこの重要性を説かれていました。自分自身が日本での臨床実習中にこれを行った機会は皆無でしたが、研修医になったらしっかり実践していきたいと考えています。スタッフ同士の積極的かつ十分な意思疎通なくしては、患者さん・ご家族を含めて全員でベストケアプラン、ベストデシジョンを共有していくのは困難だ、ということを学びました。
ペインコントロール
DNR(Do Not Resuscitate)オーダーに関する事項とともに、ペインコントロールに関する基礎知識は、USMLE スタイルの予習課題でざっと学びました。その解説には、緩和ケア領域の専門知識が Evidence-based スタイルでまとめられた "Fast Facts" というサイトのリンクが度々掲載されており、臨床現場でも UpToDate と同じように参照ツールとして利用されていました(無料 app あり)。複数のオピオイドを同時投与した場合のトータル投与量換算方法や投与間隔調整法などの具体的な対応については、細切れの時間を使ってマンツーマンでレクチャーしていただきました。
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