国立がんセンター中央病院にて、「がんの痛み」に関する市民公開セミナーに参加しました。

患者さんやそのご家族と同じ目線で、痛み(がんに限らない)について学ぶ機会を得たいと思ったのが参加のきっかけでした。


◼︎ 痛みをこらえる患者さんはいっぱいいらっしゃる
・昼間は看護師さんたちに「大丈夫、大丈夫」と言いながら、夜中には疼いて痛みに堪えている
・痛みの悪化=がんの進行=死に近づいている証拠 と捉えてしまい、痛みをこらえようとする
・「いい患者で居なければいけない」という遠慮があり、主治医の顔色を見ながら痛みのことを伝えている
・「どうせ死ぬんだから」と、やけになって痛み止めやモルヒネを使わない患者さんでは、強い痛みがかえって人格の変貌を助長することになる。患者さんが医療者を信頼しきれていない、ということがその根底にある
・患者さんの方から積極的に痛みを訴えること、主治医との双方向の説明が十分になされることが大切
・医療者も患者さんの苦痛を毎日徹底してスクリーニングする必要がある(除痛率、QOLなど)。しかしそれは容易なことではない


◼︎ 患者さんの多くは 緩和ケア=終末期医療 と思ってしまう
・緩和ケア、モルヒネを勧められたら「私はもうダメなんだ」と思ってしまい、「嫌だ」と拒否してしまう
・緩和ケア=終末期医療 では決してないことや、治療初期段階から開始させる緩和ケアの意義について、患者さんに知ってもらう必要がある


◼︎ 心理的な痛みを和らげてあげることも大切
・「見捨てられること、苦痛の中で死んでいくことだけはいやだ」
・がん患者さん同士の集いの場があるということは重要。自分の居場所がある喜びを感じられることや、自分ががんであることを知ってくれる仲間がいること、自分の痛みを知ってくれる人がいることはとても大切なこと
『治すこと 時々、和らげること しばしば、慰めること いつも』(“ To cure occasionally, to relieve often, to comfort always”)(アンブロワーズ・パレ) 


◼︎ その他、印象的だったお話
・終末期に現れる患者さんの幻覚症状として、つじつまが合わないことを言うようになったり、暴言を吐くようになったりすることもある。ご家族の方も、幻覚症状に関する十分な知識が得られないまま、患者さんに十分向き合えないでいることがある
・「5年生存率というのは、私たち患者にとって嫌な言葉」
・「がんと診断された時は、家族に内緒で治療できるか、仕事は続けられるか、という2つの質問に対して主治医に回答してもらった。そのことしか記憶にない。あとは頭が真っ白で何も覚えていない」
・「再発が何を意味するか、わかっていた」


質疑応答の時間中、中央病院の先生の一人と何度も何度も目が合いました。先生の目線はとても鋭かったです。話を聞いてひたすらメモをとっていた僕のことを、若いがん患者だと推測されたのか、がん患者の家族と推測されたのか、医療関係者と推測されたのか、全く分かりません。しかし、その時の僕は、患者さんの視点、ご家族の視点、医療関係者としての視点を、偏りなく確かに自分の中に重ね合わせていた気がします。今後、精進していくにつれて医療関係者としての視点が優位になっていくのかもしれませんが、「三者の視点を重ね合わせる姿勢」は見失ってはいけないと感じました。

身体的、心理社会的、スピリチュアルな苦痛、という、患者さんのもつ様々な痛みに関して、表面的なことを学ぶ機会はあっても、その内実に触れる機会はなかなかありません。今回のセミナーは、次のステップにつながる重要な経験になりました。